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活字中毒者こはむの小説感想文

【読書感想文/レビュー/書評】奴隷と家畜 物語を食べる / 赤坂憲雄

食と生命、そして人間の闇を深く見つめる旅:「奴隷と家畜 物語を食べる」への感想

本書「奴隷と家畜 物語を食べる」は、一見すると食に関する本のように思えますが、読み進めるうちに、それが人間の生存、社会構造、そして倫理観といった根源的な問題へと深く切り込んでいく、非常に示唆に富んだ一冊であることがわかります。著者は、民俗学者の視点から、食という行為を通して、人間の文明史、特に「食べる」という行為がどのように社会構造や人間のあり方と密接に結びついているのかを、鋭く、時に痛烈に、しかし同時に繊細な筆致で描き出しています。

「食べる」という行為の残酷さと必然性

本書では、家畜の飼育、そして歴史における奴隷制度が、単なる経済活動や社会システムとしてではなく、「食べる」という人間の根本的な欲求と深く結びついていることが示されています。家畜は食料として飼育され、奴隷は労働力として、そして場合によっては食料として利用されてきました。著者は、これらの行為を単に非難するのではなく、それらが人間社会の存続という文脈において、ある意味で必然的なものであった側面にも目を向けます。

現代社会において、私たちはスーパーマーケットで簡単に食料を購入できます。しかし、その裏側には、家畜の大量飼育、農薬の使用、グローバルな食糧供給システムといった複雑な仕組みが存在し、その過程において、多くの犠牲が払われていることを私たちは忘れがちです。本書は、私たちが日頃何気なく行っている「食べる」という行為の裏側に潜む、残酷さと必然性を鮮やかに浮かび上がらせます。

物語を読み解く民俗学的アプローチ

著者は、歴史的文献や民俗学的調査などを基に、様々な文化における食の習慣や、それにまつわる物語を分析します。例えば、特定の動物が神聖視される一方で、他の動物は食料として利用されるといった、文化によって異なる食文化のあり方や、その背景にある思想、信仰、社会構造などを詳細に考察しています。単なる事実の羅列ではなく、それぞれの文化における「食べる」行為の意味、そしてその行為が人々の生活や社会にどのような影響を与えてきたのかを、多角的な視点から丁寧に解き明かしていくところに、本書の魅力があります。

特に印象的だったのは、特定の地域や民族における食に関する儀礼や禁忌に関する記述です。それらは、単なる習慣ではなく、その社会の倫理観や、自然に対する畏敬の念、あるいは死生観といった、人間の精神世界を深く反映していることがわかります。これらの記述を通して、著者は「食べる」という行為が、単なる生理的欲求を超えて、人間の社会や文化を形成する上で重要な役割を果たしてきたことを示唆しています。

人間の矛盾と未来への問い

本書は、快適な現代社会の裏側にある、人間の残酷さや矛盾を鋭く抉り出すだけでなく、未来への問いかけも投げかけています。大量生産・大量消費の社会において、私たちは食料の生産過程や、その背後にある倫理的な問題をどれほど意識しているのでしょうか。また、持続可能な社会を構築していくためには、私たち自身の食生活を見つめ直し、より倫理的な選択をしていく必要があるのではないでしょうか。

著者は、決して明確な答えを示すわけではありません。しかし、本書を読み終えた後、私たちは自身の食卓に並ぶ食べ物の背景、そして「食べる」という行為の重さを改めて深く考えることになるでしょう。それは、私たち自身の存在意義や、人間社会のあり方について、深く考えるきっかけを与えてくれるはずです。

読みやすさと構成について

専門性の高い内容にもかかわらず、本書は非常に読みやすい構成になっています。著者の分かりやすい説明と、豊富な事例紹介によって、民俗学の専門知識がない読者でも、内容を理解し、楽しむことができます。また、各章が比較的コンパクトにまとまっているため、読み進める際の負担も少ないと感じました。

まとめ

「奴隷と家畜 物語を食べる」は、単なる食に関する本ではありません。それは、人間と食の関係、そして人間の文明史における「食べる」行為の持つ意味を深く掘り下げた、知的な冒険であり、同時に、私たち自身の存在意義について問いかける、深く考えさせられる一冊です。本書を通して、私たちは自身の食生活を改めて見つめ直し、より倫理的で、持続可能な社会を築いていくための重要なヒントを得ることができるでしょう。この本は、多くの人に読んで欲しい、そして考え続けてほしい、そんな力強いメッセージを秘めていると思います。 本書が提起する問いは、私たちの食卓、そして未来へと、静かにしかし確実に響き渡るでしょう。